「高速ブロードバンドをお手頃価格で」 FCC新委員長インタビュー

latest update
July 21, 2009 18:58 jst
author
junichi ikeda

6月にようやくFCC委員長に就任したJulius Genachowski氏が就任後初めて公式にインタビューを受けた。それを伝える記事。

As Media Grow, FCC Looks Ahead
【Washington Post: July 20, 2009】

New FCC Chairman's Agenda Includes Broader Internet Access, More Transparency
【Wall Street Journal: July 20, 2009】

WSJはインタビューの詳細もアップしている。

Interview with Julius Genachowski
【Wall Street Journal: July 20, 2009】


いくつかポイントを記すと:

●最優先事項は、「高速ブロードバンドをお手頃(affordable)価格で全てのアメリカ市民が利用できるようにすること」

ここで大事なのは“affordable”という表現で、これは「誰もが手が出せる程度の価格」を意味する。

たとえば、住宅政策は、誰もがお手頃な(affordable)な価格で住宅を購入できることを目的とする。そのために住宅建設に政府補助金が出たり、購入者が返済可能な住宅ローンを組めるように金融会社をつくったりする。

住宅同様、高速インターネットの利用は、アメリカ市民が享受すべき基本的な権利に準じるもの、という位置づけがなされ、それに向けて様々な施策をFCC主導で用意するということになる。

もう一つ注意すべきは、必要なのは「高速インターネット」であって、その手段には拘泥していないところ。光ファイバでも、無線LANでも、何でもいい、ということになる。


●目的遂行のためには“pragmatism”を重視する。そのためにFCCの組織のありかたも手を加え、FCCの活性化に努める。

Genachowski氏のいう“pragmatism”というのは、ファクト主義、データ志向、ということのようで、そのために、FCCの組織を、ボトムアップで、現場からの情報がきちんと上がってくるような組織に変えていきたい、という。

これは、前任者のGOP系のKevin Martin氏がトップダウン型の意思決定を行おうとしてGOP系の他の委員ともコンセンサスの形成に失敗したことを踏まえている。また、Genachowski氏の、private-sectorの経験から、インターネット的な、分散的な意思決定システムを志向しているところもあるようだ。

FCCの有り様も、放送や通信などの事業者を「監督」する機関から、ブロードバンドを通じてアメリカの経済活動にもポジティブに働くようなCommunications Policyを「実践」する機関に変えたいという。要するに、従来からある監督対象産業(放送、通信、無線通信、ケーブル、衛星放送、等)をブロードバンド産業として一括りの形に捉え直し、その上で、その新たな産業がアメリカ経済にポジティブな影響を与えるように各種政策を実施していく、ということ。まとめると、「監督機関から振興機関へ」ということ。

いずれにしても、組織構造に柔軟性を持たせて、現場からきちんと情報や事実が上がってくる仕組みを志向するようで、これは、今後のお手並み拝見というところだろう。


●“Innovation”を重視する。先進的(edge)なインターネット企業やソフトウェア企業によって、アメリカの技術的な優位性がつくられ、それによってアメリカ経済が繁栄する。

Innovationの役割を極めて高く位置づけており、その意味で、競争重視であり、小さくても機動力のある会社による「新規参入」がもたらす効果を高く買っている。

前職が、FCCの法務担当者、IT企業のエグゼクティブ、ベンチャーキャピタルの経営、であったことから、「政府が(政策を通じて)競争やイノベーションのclimate(天候=環境)を作ることで、どれだけ凄いことができるか(make a difference)」を、Genachowski氏は信じているようだ。

これは、当然、シリコンバレーを中心とする、インターネット系企業にとっては追い風となる信念だが、同時に、東部を中心とした伝統的巨大企業であるAT&T、Verizon、Comcastにとってはやっかいな信念ということになる。

NYTの記事にあるが、たとえば、ウィスコンシン州選出のHerb Kohl上院議員がFCCと司法省反トラス局に書状で訴えているのだが、こうした巨大企業が手にしているパワー(権力、影響力)を分割して欲しい、という声が上がっている。

企業分割というのは、日本人にとってはかなり強行的な手段に見えるが、アメリカでは、景気交替時にしばしば見られること。要するに、「巨大企業が享受している利益」を、巨大企業を分割して小さくすることで、他の企業(新規参入企業を含む)にも分配せよ、ということで、ある意味、あからさまな「政府介入による分配政策」の一環になる。

Herb Kohl議員のバックグランドについてはほとんど知らないが、たとえば選出されたウィスコンシン州は、Mid-westの工業州の一つで、現在、自動車産業の停滞によって地域経済に酷い影響を受けている州の一つだ。そこから想像するに、ウィスコンシン州のいくつかの企業が、たとえば、ブロードバンドや携帯電話や、その他、FCC管轄関連の産業において、新規参入を行える機会を作ることで、地域経済に刺激を与え、あわよくば新たな利益を得たい、ということもあるのだろう。

このように、アメリカの「企業分割」の背景には、地域間経済の不均衡の是正を目指す動きもあることには注意しておいていいと思う(その点で、東京一極集中を長らく容認してきた日本ではなかなかなじめない動きではある)。


いずれにしても、それもあって、

●Market-driven innovationを奨励し、喚起することに注力するのが、新しいFCCの目標の一つになる。

ということのようだ。

*

この他に、Genachowski氏に寄せられている、細かいが重要なテーマがある。

アメリカでは、今i-Phoneを利用するにはAT&Tと契約するしかないのだが、こうした「排他的企業間契約」についても見直しを図るような圧力がFCCにはかかり始めている。

もしも、「排他的契約」を退けるようなルールが導入されれば(これは「私人間の契約の自由」を損なうことになるので、相応の理由が必要になるが)、i-PhoneやG-Phoneは通信キャリアに左右されず、純粋に、端末というハードウェアとそれに実装されたソフトウェアによって実現される「サービス内容」によって差別化され競争することになり、無線端末市場の様相を大きく変えることになる。ある意味、ノキアという端末メーカーが欧州の携帯電話市場を抑えたのと同じような動きがアメリカでも起こる可能性がある。

これは、ちょうど同じタイミングでニュースとして報道された、韓国のLGが世界第三位の携帯電話出荷メーカーになった、というニュースとも関わってくる。

Korea's LG Dials Up Cellphone Growth
【Wall Street Journal: July 21, 2009】

この記事の伝えるとおり、世界の携帯電話市場の占有率は、ノキア、サムソン、LG、ソニーエリクソン、モトローラ、という順になっている。この、欧州と韓国が中心の市場を、ソフトウェア志向の市場に変えることで、アメリカの企業にもビジネス機会が増えることになる。

そして、今回のインタビュー記事にあるように、Genachowski氏は、ソフトウェアやインターネット企業に、より大きな可能性を見いだしていることを踏まえるならば、携帯電話市場をインターネットと文字通りシームレスにすることで、アメリカ企業の優位なビジネスゲームを展開させる、ということを試みるかもしれない。

そして、この判断には、従来からのアメリカの国内だけを見る「監督機関」のFCCのままでは踏み込めないような理屈が必要になる。

もちろん、FCCでやれることには自ずから限界があるのも確かで、内容によっては、連邦議会による立法化措置も必要になる。そのとき、Genachowski氏とオバマ大統領が、Harvard Law Schoolの同窓だった、という事実が効いてくるのだろう。

アメリカ経済の浮揚策としてのCommunications Policyをホワイトハウスと連邦議会との連携の下で推進していく、という動きも今後は現れる可能性は大だと思う。