Krugman vs Ferguson

latest update
June 08, 2009 14:41 jst
author
junichi ikeda

Slateで、Paul KrugmanとNiall Fergusonの論争を取り上げている。
(このSlateの記事は、提携関係から同じものがNewsweekのサイトにもアップされている)。

The Bond War
【Slate: June 4, 2009】

KrugmanとFergusonの論争は、アメリカ経済の先行きに関するもの。オバマ政権による財政出動について、Krugmanはケインジアンの立場から基本的に擁護している。これに対して、Fergusonは、その財政出動が、財務省が発行するTreasury Bond(財務省債券、日本ではアメリカ国債ともいわれる)をFRBが引き受け、その分ドルを市中に配る方法を採用していることから、将来的なインフレとそれに起因するドル離れを懸念している。

もともとは、二人がNew Yorkで開かれたパネルディスカッションで意見が分かれたことに起因しているのだが、その後、KrugmanがNew York Timesで、FergusonがFinancial Timesで、それぞれそのときの状況を踏まえながら自説を強化する形で論争を継続している。

で、最初に紹介したSlateの記事のように、ここのところ、KrugmanとFergusonの対立そのものを素材にしながら語る人も出てきている。

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この出来事は、いくつかの点で興味深いと感じている。

ひとつには、
●これを「論争」として形式化しようとするとする動き、もっといえば「対立」の構図に回収しようとする動きについて。

いまひとつは、
●二人が論じ合っていることの中身そのもの、ならびにそれぞれの論じ方について。

(このエントリーでは、まず前者について触れる。後者については、多分、別のエントリーになると思う)。

前者については、KrugmanがPrincetonの経済学者、FergusonがHarvardの歴史学者、という事実から、“Princeton vs Harvard”とか、“経済学者 vs 歴史学者”、という枠組みに落とそうとする動きが典型。日本でいえば、「京大vs東大」とか、「エコノミストvs作家」とかの構図に落として、その文脈で何か判った気になってしまおうという動き。

上のSlateの記事も、その傾向があって、著者自身が記事の最後の方で自分はKrugman支持派だと明言していることからもわかるが、記事中で、FergusonをToryismの具現者というように、Krugmanがリベラル擁護派であり、そのKrugmanに対立するのだから、Fergusonは「保守」なのだ、というラベリングをしている(Toryというのはイギリスの保守党の呼称)。つまり、二人の論争を、党派制のある対立に落とし込もうとするもの。そのうえで、リベラルのKrugmanを、この記事の筆者であるDaniel Grossが支持している、つまり書き手はKrugmanの応援団で、リベラル擁護派だぞ、と明言しているに等しい。

というわけで、典型的な党派色のある言説、ということになる。

別の例では、

Economists versus historians
【Financial Times: June 4, 2009】

ここで、FTでブログを持つイギリス人の外交評論家が、私は「歴史学者」の見識を信じると明言。エコノミストは、数学を使って社会を論じるから限界がある、その点、歴史家は違う、だから、Fergusonを支持する、と書いたりする。エコノミストは判ることしか語らないしそもそも彼らの予測などしばしばはずれる、我々は歴史的事実から学ぶべきだ、という具合に、KrugmanとFergusonの対立を、経済学と歴史学の対立、に集約させようとする。さらにいえば、アメリカvsイギリス、という構図に落とそうとする欲望も見え隠れする(Fergusonはイギリス人)。

このように、(KrumanとFergusonよる)二つの、少しばかり異なる意見が、対立、しかも日頃よく聞く典型的な対立軸に落とし込まれていく様、メディアの中で流通しやすいよう単純な言説へと変換されていく様を表す典型的な事例として、KrugmanとFergusonの論争を捉えることができるのではないかと、ひとまずは思えてくる。

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私は、Krugmanのいうことも、Fergusonのいうことも、突き詰めると、二人ともとても誠実に、一人の知識人として自分たちの国のことを心配しているだけではないのか、その意味で二人ともpatriotなacademicianなだけではないかと思っている。

とはいえ、このことを書こうとすると、それなりに、いろいろと周辺的なところも書き添えないといけない。できればエントリーを分けて書いてみようと思う。

おそらく、最初は、①もともとどういう論争だったのか、という内容に関する部分と、②論者の二人はどういう人物なのか(特にFergusonについて)、という人物に関する部分、のあたりから手をつけることになるように思う。