退任するDavid Souter判事の後任として、Sonia Sotomayor氏が、オバマ大統領に指名された。
Obama Hails Judge as ‘Inspiring’
【New York Times: May 26, 2009】
(Sotomayor氏がNY出身かつNYで法曹家として活躍したことから、
NYTの取り上げ方が詳しいし広範にわたっているように思う。)
発表は、日本時間で昨日の夜で、そこから半日程度たったせいか、発表直後の速報に続いて、Sotomayor氏に関する言説が夥しいほど増殖している。それとともに、彼女の経歴を中心にした解説的なものも増えてきている。
ヒスパニックで初、女性で三人目、という最高裁判事としてのサプライズもさることながら、彼女のここに至るまでの道は、ある意味典型的なアメリカン・ドリーム。
プエルトリコから両親がNYに移民、幼くして父を亡くし(父親は移民一世らしく英語を話せなかった)、母が看護婦をしながら彼女を育てた。住まいは、NYがブロンクスに用意したハウス・プロジェクト(簡単に言えば、低所得者向けの公営住宅と思っていいと思う)。さらに、幼少期に糖尿病であることが発覚。しかし、こういう悪条件の下でもめげずに勉学に勤しみ、奨学金を得てPrinceton Universityに進学。最優秀で卒業後、Yale Law SchoolでJ.D.を取得。Yale終了後は、ニューヨーク州のdistrict attorney(州裁判所の検事)に進んだ後、民間の法律事務所に移り、パートナーに。91年に、ブッシュ(父)大統領の指名を受け、NY地区の連邦地裁であるU.S. District Court for the Southern District of New York(連邦裁判制度における「第一審」)に連邦地裁の判事に就任。その後、98年にクリントン大統領の指名を受けて、United States Court of Appeals for the 2nd Circuit(連邦裁判制度における「第二審」)の判事に就任、今回の最高裁判事の指名に到る。
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初期の報道では、上記の彼女の経歴を参照しながら、アメリカン・ドリームの体現者、とか、シングルマザーに育てられたあたりがオバマ大統領と似ている、とか、もっぱら、彼女の個人史に関するコメントが多かった。実際、ここに至るにはとんでもないほどの努力と運が必要だったのだろうと感じるし、この個人史を示されると、正直、ぐうの音も出ない、というのが、たいていの人の印象だろう。
実際に最高裁判事に就任するには、これから連邦上院の承認を得なければならない。過去の平均的な検討日数はだいたい70日程度らしい。今後、彼女の発言、論文、などが徹底的に検討され、執拗な質問がなされていくことになる。
とはいえ、今の連邦上院はデモクラットがほぼ60席を得ているので、GOPが指名を覆すのは難しい。さらに、彼女がヒスパニックであることを考えると、昨年の一般選挙(大統領選、連邦議会選、知事選)で負けたGOPからすると、ヒスパニック票の確保のためにも、彼女の指名を頭ごなしに否定することは難しい、というのが実情のようだ。
既に、連邦議会議員は、来年の中間選挙に向けて動き出している。来年の目玉は、デモクラットの上院のmajority leader(日本語ではなぜか「院内総務」という訳だが、正直、これは、かなり変な訳だと思う。単純に、多数派リーダーでいいじゃない)を務めるHarry Reid議員も選挙に向かう(上院は任期は六年。二年ごとに三分の一ずつ改選)。ネバダ州は、ヒスパニック人口が増加している州で、昨年の大統領選で、彼らの票がオバマのネバダでの勝利を支えた。だから、もしもGOPがネバダでReid議員に勝利しようと思ったら、ヒスパニック票を失うわけにはいかない。
Sotomayor氏の指名はこうした選挙政治的文脈の中で行われている。
(ただし、マイノリティの出自という端的な「事実」が、その他の条件(信条や知見)よりも雄弁に説得力を持ってしまうという傾向は、少しだけ冷静になった方がいいようにも感じる)。
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そして、おそらくは、Sotomayor氏自身も、こうした文脈を自身に引き寄せるべく努力したのだと思う。
というのも、98年のCourt of Appealsの指名の際には、実は、承認まで一年間かかっている。承認遅延の理由は、彼女の指名を認めたならば、将来、最高裁判事候補として浮上してきてしまうことをGOPが怖れてのことだったという。一年間は長い。おそらく、そのときに、彼女は、承認が通ったならば上を目指そう、と覚悟を決めたのではないか。
Sotomayor氏は、政治的には中道(centrist)と言われる。実際、彼女は、GOPの大統領(ブッシュ父)の指名で連邦裁判所に入り、デモクラットの大統領(クリントン)によって、ステップアップを実現した。その頃から、ヒスパニックという記号を背負った存在として、アメリカの法曹界には登録されてしまっていたのだと思う。
しかし、いくらcentristといっても、政党はデモクラットとGOPのどちらかしかない。だから、デモクラットとして最高裁を目指すことを考えたはずだ。つまり、彼女への期待をうまく生かすことを。
場合によると、今回の指名承認過程で争点になるかもしれないが、Sotomayor氏は、Court of Appealsの判事になってから、随所でliberal activistと取られるような発言をしている。「法は裁判所がつくる」といってみたり、彼女の判断には「自分のraceやgenderは影響を与える」といっていたり。実際、GOPはこうした発言に反応している。前者については、「立法は立法府=連邦議会の担当である」と返し、後者については「法の客観的な忠実な解釈の方こそ重要だ」という具合に。
Sotomayor氏は、Princeton Universityに進学した際、今まで自分がいた世界とは別世界だと感じたり、入学後一年間は(おそらくは周りの目を気にして)質問のための挙手もできなかったという。想像するに、その頃、マイノリティの出自の自分をどうしたらこの世界に適応させられるか、徹底的に悩んだのでないだろうか。
(実際のところ、マイノリティ出身の場合、たとえトップ校のロースクールを出たとしても、有名な大手法律事務所に勤められるわけではない。大手法律事務所は、たいていの場合、白人出身者が占め、実際には、白人でもプロテスタント、あるいはNYに限ればユダヤ系が多数を占める(これは留学時にコロンビアロースクールの講演会で実際に聞いた話)。そのため、こうした条件に合わない人々は、州の裁判所や検事をまず勤め、地域の法曹界で一定のコネクションを作った後、民間の法律事務所に移ったり、自身で法律事務所を開業する、というキャリア・パスになりがち。テレビドラマになるが『アリーマイラブ』の中で、主人公アリーのルームメイトが黒人女性で、アリー同様ハーバードのローを出ていたけど、最初はマサチューセッツ州の検事として出てきていたはず。Sotomayor氏も、こうしたキャリア・パスを経た後に、連邦裁判所判事として頭角を現すことができたのだと思う。)
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オバマ大統領は、hope、change、といって選挙戦に勝利した。そして、ブッシュ(子)大統領の時に顕著になった、アメリカの分裂傾向に歯止めをかけ、もう一度「統一」しようと訴えた(だから、オバマ大統領は、南北戦争に勝利することでアメリカの分裂を回避したリンカーン大統領のイメージを、執拗に自分自身のイメージに重ねようとする)。
今回のSotomayor氏の指名は、いわばもう一人のオバマ。大統領自身、Sotomayor氏を紹介する際、大統領職は最長8年間で終わるが、大統領が指名した最高裁判事は終身ゆえ、大統領が退任した後も、いわば大統領の思想を連邦政府に残す役割を果たす。だから、白人ではなくカラードの彼女、シングルマザーに育てられた彼女、苦学してアイビーリーグで学業を修めた彼女、を、いわば、自分の分身として選択したのではないだろうか。
そして、オバマにしてもSotomayorにしても、おそらくは60年代に導入された公民権法的立法がなければ(あるいはLBJによるGreat Societyという半ば誇大妄想的な構想がなければ)、おそらくは今のポジションにはいなかっただろう。そのことを考えると、彼らは、先達がつくりだした「アメリカ」という仕組みの「ギフト」を受けながら育ったといえる。彼らが(といってもSotomayor氏のことはまだよくわからないので、実際にはオバマが、ということになるが)、変革や進歩(つまりリベラル的な振る舞い)を訴えながら、その一方で、極めて現実的な意思決定をする(つまりコンサバティブな視点も忘れない)のも、彼ら自身が、アメリカというシステムの恩恵を受けたことを自覚しているからで、それゆえ、破壊的なまでの「リベラル」にはなりきれない、ということなのだと思う。
今回の最高裁判事(候補)の指名にあたり、オバマが条件としてあげた“Empathy”という要素もおそらくこうしたcentrist的ニュアンスを持ったものなのだろう。GOPが非難したようなリベラル・アクティビズムではなく、むしろ、リベラル側にいながらもコンサバティブな姿勢、視点を忘れない、ということ。
ここまで書いてきて気づいたが、オバマはしばしば呼称される“visionary minimalist”という意味も上のように捉えるとすっきりするのかもしれない。リベラルのように、プログレッシブ(進歩的)のように、将来の構想を大きく大胆に描くが、それを実現する際にはこつこつ一歩ずつだろうか。うん、何か腑に落ちてきたぞ。
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今回の指名においては、最高裁判事の指名を最高裁の役割や、それをオバマがどう考えるのか、という議論、というか、言説がよく目にした(とりわけ先週末)。これは、裏返すと、最高裁をどう捉えるか、という視点から、「オバマ時代をどう形容するのか、どう位置づけるのか」という、オバマ大統領就任後、メディアがずっと気にかけていることが再浮上したわけだ。この点については、もう少し消化して、頭を整理してから、記してみたいと思う。
しかし、やっぱり、Sotomayor氏指名は、American Dream。
なんだかんだいって、Dreamを再度紡ぎ出せる国は凄い。