今月のWIREDが、久しぶりに、ITど真ん中の特集をしている。
The New New Economy: More Startups, Fewer Giants, Infinite Opportunity
【Wired: May 22, 2009】
Steven LevyがGoogleについて、大御所のKevin Kellyがウェブ上の協業について、それぞれ寄稿している。今年に入ってアメリカ政府の資金支援を受けている自動車産業についての論考もある。
いずれも結構読み応えがあるので、それぞれ後でとりあげるつもり。
まずは、上の総論的記事について。
ポイントは:
「今は、いろいろと経済的にひどいことになったけど、この経済的なメルトダウンによる灰燼の中から立ち現れて次の経済を先導するのは、小さな会社たちだ」
Small companiesが次の経済を牽引するのだ、というのは、とてもアメリカ的だし、とても西海岸的だし、とてもカリフォルニア的だし、そして、とてもWIRED的。
記事中では、10年前にMITのTom Malonsが唱えた「巨大企業から分散化された企業群へ」という主張からスタート。彼の主張の背後には、ノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コースの「取引費用による企業と市場の境界設定」の考えがあった。
ロナルド・コースによれば、「企業」と「市場」は連続的な存在で、ただ「取引費用の大小」に応じてどちらかが合理的形態として選択される。だから、垂直統合型の巨大企業も、タダ大きいというだけでなく、取引費用から見れば相応な合理性を持っていたと理解できる。
しかし、取引費用の大小に大きな影響を与える、情報の「伝播力」と、情報の「分析・判断力」が、インターネットという分散型の情報システムの登場によって必然的に変わってしまう。だとすれば、「企業」と「市場」の」境界線は、インターネット登場以後、再度引かれ直されるのが道理で、結果的には、垂直統合型企業は解体分解され、共通の情報システムの基盤の上に乗った多数の企業群から構成されることになる。
インターネット登場初期には、こうした議論はかなり頻繁に聞かれた。しかし、インターネットの登場以後実際に起きたのは、記事でも指摘しているように、分散化よりもむしろ巨大な統合化の動きだった。これは、グローバリゼーション、というか、EUとアメリカ、というか、大陸欧州とアングロ・アメリカン、の間の多国籍企業どうしの競争から生じたものだった。もちろん、グローバリゼーションによる「競争の激化」を、国籍を問わず世界同時に想像させ恐怖させる役割を担ったのがインターネットであり、それによる「情報革命」「IT革命」という言説の枠組みだったわけだが。
グローバルM&Aの結果、今回の景気後退において大問題になっているように、様々な産業で「Too Big to Fail」を気にしなければならないほど企業サイズの巨大化が進んでしまった。個々の企業があまりにも巨大になりすぎたが故に、その企業の破綻が連鎖的に与える「当該企業の外部≒社会」への影響が甚大になってしまった。
銀行の救済については、信用逼迫が金融経済のみならず実体経済をも麻痺させることから「救済はやむを得ない」というのが通念であるが(とはいえ、それも前回の「大恐慌」によってデフォルトになった通念だが)、今回のデトロイトBig 3(より正確にはGMとクライスラーの二社)のように、自動車業界もToo Big to Failの論理が通じるのかどうか、というのがこの数ヶ月、アメリカの連邦議会を悩ませた議論だった。
さらに、今回は問題になっていないが、金融、自動車のほかに、巨大化が進んでいる産業としては、たとえば石油産業や製薬産業がある。前者は、ナショナル・セキュリティに関わるし、後者は、研究開発力の占有による経済力の行使と関わる。トヨタ、ホンダが自国産業である日本人はしばしば忘れがちだが、全ての国が「自前で」自動車を生産できるわけではない。同様に、たとえば、今回の新型インフルエンザに対するワクチンの開発も、それを実際にできる国や企業は限られてくる。そのとき、そうした巨大企業は、Too Big to Failの論理で救済が検討されうるわけだ。
裏返すと、これは、政府からみれば、一種のhold-up problem となる。つまり、当該企業が「甚大な社会的影響」を理由に居直ってしまえば、その救済について政府の方が考えないわけにはいられなくなるからだ。
2000年のITバブル崩壊とその後の911テロによる景気後退は、ここのところよく聞かれるように、アメリカの場合、不動産産業に対して余剰資金を回せる仕組みをつくることで回復することができた(そして、それが行きすぎてバブルとなり最後は弾けた)。もちろん、この間、GoogleのIPOや、Web 2.o企業群の登場によって、IT業界もアメリカ経済への貢献大であったことは間違いなかったのだが、それ以上に、他の産業、とりわけ金融の巨大化は目に余るほどだった。
きっと(ITによる個人革命を夢見た)WIRED周辺の人たちからすれば、内心忸怩たる思いだったに違いない(完全に想像だけれど)。
だから、今回の金融産業のmeltdownは、再度、自分たちが主導権を取り戻すのによいチャンスと捉えているのだろう(実際、ここのところの、環境・代替エネルギー系の議論では、カリフォルニアの影響力が増している)。
こうして、20世紀型の巨大企業によるソリッドな産業構造が「進化」し、21世紀型の「国際的分散企業群」が柔軟に動きうる産業構造が「創発」する、と改めて(!)WIREDは言いたいのだと思う。捲土重来、やっと、インターネットという情報システムの浸透によって真の「IT革命」が生じる、そして、その担い手は、Small companiesだ、というわけだ。
このロジックは、最初に書いたように、とてもカリフォルニア的で、WIRED的。独立した個人ががんばる、という構図が。
とはいえ、全ての巨大企業が内破したら社会も国も持たなくなるから、実際には、巨大化の動きを牽制するカウンターパワーが必要になる。そう思うと、オバマ政権になって、反トラスト法の適用が厳格になるという政策転換は、一面で、こうしたSmall companiesが社会の牽引役だとする動きとも呼応することになる。つまり、反トラスト的視点は、分散型を進める上で重要な要件、となる。巨大化の動きに対する「カウンター・プログラム」を予め走らせておく、という感じ。
*
いずれにしても、一度「IT革命」言説のバブルを経験したことのある身からすると、WIREDの今回の特集は冷静に受け止めるべし、という姿勢は崩せない。LevyやKellyの論文にもそういう要素があるので、それは、次回以降のエントリーで。