Judge Souterの後任指名

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May 09, 2009 17:20 jst
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junichi ikeda

最高裁判事のSouter氏が近々辞任することを表明して以来、後任指名候補をめぐる話題が多い。

オバマ大統領就任100日目を迎えるあたりで発表されたのも、メディア的には好都合だったようだ。100日の間に、国内・国外を問わず懸案事項(金融危機の回避とか、自動車産業の救済とか、医療保険とか、代替エネルギーとか)に対する政策方針やそのための予算案も示したことで、あとは、それらが実行されて結果を待つ、という段階になっていたから。

メディア的には、Specter上院議員のデモクラットへの鞍替えも合わせて、Souterの後任人事は、オバマ以後の時代状況を、政治理念とか基本的な政策思想、というレベルで「語る」のにちょうどいい話題だからだ。

アメリカの最高裁は違憲立法審査という形で、議会が定めた立法(それに紐付いた政府の政策)を憲法解釈に基づいて判断する権能が確立されている。そのため、最高裁の審判は、政策的にも重要な役割を果たし、今では、政治的にも党派性をもつ存在になっている。つまり、最高裁判事の多数が、デモクラット系か、GOP系か、で憲法解釈も方向性も変わりうる、という性格を持つ。

Souter氏の場合は、実はGOP系でありながら彼の判断はおしなべてデモクラット寄りだったので、今回の後任指名で、オバマ大統領がデモクラット寄りの人物を選んだとしても現在の均衡が大きく変わることはないといわれている。今のところ、候補者の属性としては、女性、マイノリティ系(特にヒスパニック)、というのに焦点が当てられた報道が多い。最高裁判事にも、アメリカ市民を「代表する」ことが求められているようにみえるし、それがゆえに、最高裁判事の党派性が高まる、ともいえる。

ここのところの報道で興味深いのは、この「(政治的)代表性」というところ。

立法、司法、執行(行政)の三権のうち、司法だけは「選挙」の洗礼を受けない。連邦裁判所であれば、基本的には、大統領が指名し、上院の審査を受ける、という手続き。要するに、一種の官僚人事になっている。

いまのところの候補者は、いずれも法曹界出身、つまり、J.D.(法学博士)をもった(だからほぼ何処かの州の弁護士免許を持った)、キャリア的に最高裁の手前に当たる控訴裁(Court of Appeals)の裁判官か、著名ロースクールの教授の名前が挙がっている。

ただ、いずれも、法曹界や学界しか知らない、という点で批判があがってもいる。もちろん、こんな原則論は、後任人事が取り沙汰されたばかりの時期だからこそ出てくるのかもしれないが、最高裁の判断が、政策の実現に重大な影響を及ぼすという意味での「政治性」を帯びているという理由で、州知事や連邦議員(上院/下院)として、選挙の洗礼を受けた人物こそふさわしいのではないか、という意見が出てきている。

さらに、そもそもアメリカ憲法の規定では、J.D.の所持は、最高裁判事の要件としては挙げられていないから、J.D.保持者でなくてもよくて、むしろ、国政に長く携わった経験のある人物、例えば、ゴア元副大統領のような人物でもいいのでないか、という意見も聞かれる(たとえば、ここ)。もちろん、これは極論中の極論といえるけれども、繰り返しになるが、これほどの意見が出されるほど、最高裁の政治性、党派性が人々の知るところとなっている、と解釈すべきなのだろう。

最高裁の歴史からいえば、こうした政治性・党派性が明らかになったのは、他の三権(立法、執行(行政))同様、保守台頭の80年代からのようだ(このあたりの事情は、Jeffery Toobinの“The Nine”に詳しい)。そういうわけで、レーガノミクスに終止符をうったオバマ政権からすると、司法に対しても、Conservatism(保守主義)の時代に築かれた「新たな政治的現実」を「改革(Change)」することが求められているように見られる。

そして、これは、ある意味で、オバマ以後のアメリカの政治の変容を何とか上手く表現したいというメディア側の欲望も反映した動きのように思われる。大統領就任後100日を経過した評価としては、オバマ大統領を“Transformative President”とか“Game-Changer”と形容する表現をよく見かけたし、よく聞いた。とはいえ、これはまだ「変化」という動きを述べたに過ぎない。その「変化」の結果、どこに向かおうとしているのか、その方向が積極的に(ポジティブに)表現された言葉はまだ見つからない(だからこそ、クルーグマンやステイグリッツのような学者からは、オバマは十分にリベラルでない、というような批判が寄せられることになる)。

最高裁判事の指名は、大統領や議員の選挙、閣僚の指名、に比べれば地味だが、アメリカの今後の方向を示唆する点では、極めて重要なもの。指名が決定するまでは注目していきたいし、その過程で、オバマ以後のアメリカ政治を指示する言葉も見つかるもしれない。