内需拡大せよ、とMartin Wolfはいう

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November 26, 2008 14:55 jst
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junichi ikeda

FTのエコノミストにMartin Wolf氏がいる。彼の国際金融に関する分析はつとに有名で、日本の学者や経済官僚の書き物によく引用される。先日も、Wolf氏がアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学で行った国際金融に関する講演をもとにした本(“Fixing Global Finance”)が出版されたばかり。ちなみに、この本の冒頭では、ジョンズ・ホプキンズ大学を代表してフランシス・フクヤマ氏が推薦の辞を寄せている。

そのMartin Wolf氏だが、FTのオンライン版で一種のバーチャル金融フォーラムを開催していて、自身が分析記事を寄せるだけでなく、英米欧の著名な経済学者や政治学者が所見をポストしている。レギュラー的にポストしている人として、オバマ次期大統領の経済チームの中核であるローレンス・サマーズ氏などがいる。

で、そのサイトに、日銀OBでOECD代表も務めた重原久美春氏が、日本の金融当局がすべきことについてポストした(記事はここ)。

面白いのは、この記事に対するMartin Wolf氏のコメントの部分。結論から言うと、足下の世界同時不況(といわれている景気後退)においては、アメリカやイギリスのようなdeficit countriesは国外輸出に頼るべきだが、日本や中国のようなsurplus countriesは、為替レートが上がるばかりなのだから、輸出をしようとするのではなく、内需拡大こそ力を入れるべきことだと主張しているところ。

今、日本国内でのメディアで書かれていることは、今更ながらにして、日本の自動車産業が海外市場に大きく依存した収益構造に既に変貌していて、この数年、日本国内で報じられていた景気の良さは、実はもっぱらトヨタやホンダのような製造業大手が国外で稼いでいたおかげだ、ということが、一般人レベルで周知のものになったということだろう。その結果、国内ではなく国外にこそ市場を見つけるべし、というストーリーの記事が、経済誌や新聞で量産されている。しかし、アメリカが「100年に一度の」「1929年の大恐慌以来の」景気後退(というか不況)に入っているときに、そして、そのアメリカ経済にビルトインされることで急成長を遂げてきた中国やインドも失速気味の時に、冷静に考えれば、国外といっても果たしてどこにいけばいいのか。そうではなくて、国内市場を刺激する策を練り実行するというのが妥当な道だ、というのが、上でMartin Wolf氏が言っていることなのだろう。

やみくもに海外、海外、というのではなく、国内の仕組みを変えるような振る舞いを政府が行う。これからオバマ政権がやろうとするのはそういうことと思われる。日本はどのタイミングでこういう方向に舵をきるのだろうか。そして、誰がその舵取りをするのだろうか。

日本の企業は、ついこの間までは、内需拡大に勤しんでガラパゴス化していたのが、急遽反転して、海外に目を向けるようになり、いわば、戦前の大陸浪人を夢見る心性が急激に前景化している(中国といえば「上海」が想起するのが典型的)。なんにせよ、こうした、一極から反対の極に大きく触れる、集団的なヒステリックな振る舞いには、少しばかり頭を冷やす必要があるだろう。私の記憶が確かならば、10年ぐらい前の、バブル崩壊、アジア通貨危機の直後くらいには、確か、中西輝政氏あたりが書いた大英帝国ものがよく読まれていたように思う。同じ島国、海洋国、としてイギリスの知恵に学ぼう、というような気分があった。今回は、世界恐慌の可能性から、改めてキンドルバーガーあたりが注目を集めているようだが(たとえば、キンドルバーガー『熱狂、恐慌、崩壊』)。いずれにしても、「一端国内に向かい、しかる後、国外に目を向ける」というパタンは「かつて来た道」のはず。アメリカ人やイギリス人は、こういうとき、あわてず、歴史を振り返る。たとえば、オバマ次期大統領は、バークレー教授で経済史学者である、クリスティーナ・ローマー博士をホワイトハウスの経済スタッフに登用している。こういう振る舞い、所作、に、私たちが習うべきところは多いと思う。