今回の欧米政府による国内金融機関への資本注入=半国有化、の動きについて、歴史的な視点からBusinessWeek(BW)、Economist、の両誌ともが分析。
もちろん、切り口は両者の特徴がよく現れている。ある意味、対照的。
BWは、基本的に産業全般をカバーしているので(なにしろ「ビジネス」だから)、アメリカ(ならびにそれと強固にリンクした世界各国)の実体経済に対する早急の手当の必要性を説くため、実質的に、Main Street=製造業を中心とした産業界≒自動車産業+α、をどうやったら強化できるのか、という観点からの分析と提案。最後は、製造業の現場レベルでの再生産が可能なように、人的手当=教育、直接投資≒イノベーション誘導、といったところに落ち着く。オーソドックスといえばオーソドックス。
金融産業中心のグローバリゼーションの結果、アメリカの収益性は上がっても、アメリカ人の平均賃金は実質で下がっている、という事実の指摘。その状況下で消費を促そうとするとあの手この手で一般消費者に借金をしてもらわねばならない。折しも不動産の好況、という事態を受けて、ホームエクイティローン、のような形で消費者に向けた積極的な貸し付けが行われて、借金を元手にした消費が進行した・・・そうした動きが結果的に国内の産業を空洞化に導いた、というトーン。
だから、この先、若干の保護主義的な方向で、国内でちゃんと富が環流するようにすべき、という提言。
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一方、Economistの方は、もともと(大英)帝国的発想の金融資本主義、というか、利殖主義を擁護し促す立ち位置にあるので、もっと金融産業よりの視点だし、さらに、国家レベルでの金融を扱っている。
面白いのは、今回の世界的な金融危機の発端を、71年のニクソン・ショックによるブレトンウッズ体制の崩壊=変動相場制の導入、にまでさかのぼっていること。国際的な資本移動に焦点を合わせているあたりがとても大英帝国的。
BWがもっぱら、アメリカの競争力をどうつけるか、それと多国籍化とをどう折り合いをつけるか、というところが中心的話題だとすると、Economistの方は、資本移動と国際レジーム、が中心となる。
主要読者の性格が違うと、こうも書き方が変わるものかと思うし、こういう違いがあると、たとえば、ビル・ゲイツは、Economistを定期購読していたという話も納得がいく。
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ところで。
日本市場は、今回顕わになったのは、国内の動きや対応とはほとんど関係なく、ただただ、海外の動き、それも金融のNY市場の動きに左右されて、株価も為替も動いてしまう、ということ。いつの間にか、日本企業の成長は外需頼み、というのも普通に語られるようになっている。加工貿易国として何をすべきか、一回ちゃんと考えておく時期に来ているように思う。そのためにも、80年代中庸の文化消費の交流に端を発する、内需拡大のための超高度消費の喧噪を一回「総括」しておかないといけないのだろう。ガラパゴス化という今日の事態を引き起こしたのがあの頃のはずだから。