先週、オバマが欧州を訪問した。
公式には、デモクラットからの大統領候補指名も受けていない人物が、この時期欧州諸国を訪問し、各国の主要な統治者と会談する、というのは、異例中の異例ということで、いや、だからこそかもしれないが、アメリカの主要報道機関は、オバマと随行して、現地からのレポートを続けた。たとえば、以前紹介した、NBCの『Meet the Press』は、ロンドンからオバマの単独インタビューを伝えた。
当然のことながら、GOPのマッケイン陣営は、こうした動きを主要報道機関がデモクラットに偏向した報道を行っているとして、非難している。ただし、もはや、主要報道機関が、というか、ジャーナリズムがデモクラットに傾斜している、というのも一種の神話となっており、90年代以降は、同様に保守系のメディアも多数登場しているのが実体だ。念のため、付け加えておく。要するに、デモクラット、GOPのどちらの陣営にせよ、「報道機関は偏向している」という発言を、一種のカードとして使っているにすぎない。
ところで、今回のオバマの欧州訪問は、アメリカの外交政策への関与というコンスタティブな効果と、大統領選への布石というパフォーマティブな効果、の二つが企図されていると思われる。もちろん、この時期の訪問は、後者のパフォーマティブな効果=コミュニケーションの効果、としての意味合いの方が大きいからなされたのだろうけれど。
外交戦略については、オバマの外交政策のアドバイザーについている、ズビグニュー・ブレジンスキー(カーター政権時の閣僚)が、近著『Second Chance(邦題:ブッシュが壊したアメリカ)』の中で、10の地政学上のポイントを指摘しており、その幾つかに事前に応えるためのものといえる。
10の地政学上のポイント(上記本の中では「アメリカ合衆国に不利な地政学上の主要トレンド 2006年現在」として紹介されているもの)は:
イスラム世界全体で高まる西側諸国への敵愾心
一触即発の中東
ペルシャ湾地域におけるイランの優位
核保有国パキスタンの不安定性
ヨーロッパの離反
不満をつのらせるロシア
東アジア共同体の設立をもくろむ中国
アジアで孤立を深める日本
ラテンアメリカに渦まくポピュリズム的反米主義
破綻する核拡散体制
(上記ブレジンスキー邦訳の210頁より)
以上の10項目であり、ブレジンスキーは同書でこれらをさらに、テーマとして8項目(「大西洋同盟」「旧ソ連圏」「極東」「中東」「核拡散」「平和維持」「環境」「世界貿易/貧困」の8項目)に集約し、今のGOPブッシュ政権で、「大西洋同盟」、「中東」、「環境」、等の点で、大幅にアメリカ外交政策は失敗しているという評価をしている。要するに、911以後のアメリカの「ユニラテラリズム」的旋回に対して極めて批判的である。
公平のために記すと、ブレジンスキーが同書で批判しているのは、現ブッシュ政権だけでなく、クリントン政権も含んでおり、ビル・クリントンが外交については、脳天気なグローバリゼーション信奉者であったことを批判している。この点で、邦訳タイトルは公正さを欠いているだけでなく、あたかも、デモクラットが政策として一枚岩であるかのごとき印象を与えるという点で、むしろミスリーディングですらある。付言すると、アメリカの政党は日本の政党のような党議拘束はなく、特に上院議員は自分の信念と支持者を基盤にしながら個々の政治的判断に臨むのが常である(だから、その一貫性として、アメリカでは、integrityという言葉が大変重要視されるわけだが、これはまた別の機会に)。
そのため、デモクラットといっても一枚岩ではなく、むしろ、だからこそ、あれだけ熾烈な党内での予備選が、大統領本選に向けて行われることになる。クリントンは92年にGOPの政策を横取りして政権についたといわれ、デモクラットの中でも、当然、その方向をよしとしない人々もいたことになる。
大統領選本選に向けては、この、クリントン外交への批判、というのが、今回の欧州訪問では一つのパフォーマティブな部分を支えている。非常にざっくりいえば、欧州主要政策関係者の支持を得ることで、いまだオバマをよしとしていない、デモクラット内のヒラリー支持者の意見を中和し、彼らの中で、欧州諸国がそういうなら仕方ない、という雰囲気を作ることが目的なのだと思われる。
デモクラットの予備選の最中も、欧州の報道機関は「誰がアメリカ大統領にふさわしいか」という世論調査を行っており、大半は、デモクラット支持、そしてオバマ支持であったと記憶している。だから、オバマ陣営としては、そうした風潮をうまく使おうとした、ということだろう。つまり、欧州の支持をきちんと受けることで、ヒラリー支持のデモクラット・インテリ層をオバマ支持に向かわせる、ということが、主要な目的だと思われる。
ブッシュ政権時のユニラテラリズム旋回によって、欧州諸国がアメリカ離れをしているのは、ブレジンスキーが指摘しているとおりで、たとえば、NATOとEU常設軍との関係にも影響を与えている(当然、軍事支出=各国の財政支出の見通しに大きな影響を与える)。また、昨年夏のサブプライム問題が、主に欧州諸国における、ユーロダラーの信用逼迫に見られるように、欧州とアメリカは、経済的にはもはや入れ子のように相互依存の状態になっている。さらに、進行するドル安の動きの中で、ユーロが次なる国際基軸通貨になるという意見もあるが、これはEU拡大路線を採択中のEUにとっては時期尚早の話である、・・・、等々。
欧州にとっての利害という観点からも、アメリカのユニラテラリズムは決していいものではない。だから、そこから改めて、Trans-Atlanticの関係(「大西洋同盟」)を再度構築する方向に向かうというのが是であり、それを支持するアメリカのデモクラット、そしてオバマを支持する、というのが今の方向だと思われる。
だから、オバマの今回の欧州訪問は、大局的見地にたてば、軍事行動や経済活動を含めた外交関係を欧州と再構築することを目指しているわけで、クラウゼヴィッツいうところの「戦争は政治の延長」という認識に基づいた動きといえる。そして、EUもこの話に乗ってくると見る点で、欧州の支持という外堀を得ることで
だから、オバマが欧州訪問中に、マッケインが発した、オバマは選挙キャンペーンに勝つためにイラクで負けようとする、という主旨の発言は、上記の構図の中では、むしろ、マッケインは、個別の戦争に勝つ、という戦術的観点により関心があるように見えてしまう。そうすると、アメリカ大統領の職能の重要な一つである、Commander in Chief についても、軍人経験者のマッケインのように個々の戦争に勝利するという点を重視するか、純然たる文民で、シカゴ大学で憲法論の講義も行っていたオバマのように、戦争行為も含めた大きな構図をかけるかどうか(そしてできるだけ戦闘行為に至らないよう熟慮する)を重要視するか、つまり、戦術的優位の実践者か、戦略的優位の提案者、か、前線指揮官か軍師か、というような点での、色分け=キャラクター分け、がこれから、本選に向けて行われていくのだろう。
いずれにしても、選挙は、個々の有権者から支持を得るという点では、イメージや言説の優劣を巡る争いであることは確かだろう。その点で、異例中の異例である、大統領候補指名前の欧州訪問を行ったオバマの動きは、後日、彼が首尾よく大統領選に勝った場合は、予備選を勝利に導いたインターネット戦術と同様に、トランス・アトランティックとしての海外からのほどよいプレッシャーの利用――実際、個別の立法過程では条約批准というパスを利用する、国際機関での合意先行、というのがアメリカでも一般化している――として、オバマの勝利神話の一つに加えられることだろう。
その意味では、オバマの行動は、それ自身が、彼言うところの、(パラダイム)チェンジを体現している。こうした点は、極めて興味深い。